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2008年6月 8日 (日)

質と量-翻訳会社のメッセージ

2003年秋にあったJTF翻訳祭のパネルディスカッション、「翻訳は不況か」に私はパネリストとして参加した。

パネルでは、「コスト削減のためにTradosなどを使って再利用率を高め、単価は削減する。この場合、翻訳者は、ツールによる効率向上で処理量が増えるので、稼ぎを確保できる」……そんな話がよく出た。でも、翻訳会社の人たちが翻訳者に対して持つ不満は、「処理量が少ない」ではなく、「質が悪い・翻訳が下手」である。誰に聞いても、「仕事を安心して任せられる翻訳者が足りない」「上手な人はいないか」……そればっかり。つまり、品質の高い翻訳者が一番の願いでありながら、「質より量をこなした人にご褒美をあげます」って言ってるわけだ。これでは、翻訳会社が欲しいと思うような翻訳者が育つわけがない。

パネルの最後に、フロアからの質問や意見を聞いた。この質問・意見のコーナーで、私は、「翻訳会社の立場としてコストダウンに目が行くのはよくわかるが、優秀な翻訳者が育つようなインセンティブが存在するかという視点も持って欲しい。そうしないと、優秀な翻訳者が今よりもっと不足するようになる」といった内容のコメントをした。

それに対し、「みんな、プロなんだから、そんなの甘ったれだ」とのコメントがフロアからあった。その人からは、あとで「コメントの真意は以下のようなことでした」というメールをいただいた。

  • プロなんだから、実力アップの方法は自分で探すべし
  • 探す土台になるのが学校教育と実務経験(要するに自分)
  • 自助努力しないあなた任せでは内職商法の餌食になるのがオチ
    (ここの「内職商法」は広義で、翻訳学校や通信講座を含む)

「甘ったれ」という表現が適切かどうかはさておき、言われていることはもっともだと思う。

プロとして力をつけていくには、自分が努力するしかない。スポーツと同じで、基礎トレーニングを積むしかないわけで、トレーニングをするのは自分しかいないわけだから。学校で教えてもらったら、いい本を読んだら、あるいは翻訳フォーラムを読んだら(^^;)、それだけで実力がつくなんてことはない。学校も本も、指導者もフォーラムも、スポーツでいえばトレーナーにすぎない。それを元に、いかに自己トレーニングするか、できるか、で、実力がつくかどうかが大きく分かれるのだ。

このあたりは「体育会系翻訳トレーニング論」にも書いたとおり。

しかし、パネルの最後における私のコメントは次元が若干異なる。トレーニングは各自がしなければならないし、各自がするしかないという意味で各自がすればいいとも言えるが、その前提として、何を目標にどういうトレーニングをすべきかが明確になっていなければならないわけであり、翻訳会社としてもそれを明確にすべきだと私は言いたかったのだ。スポーツで言えば、筋骨隆々とした人が欲しいのに、走るのが速い人ほど高給を払うって言っていたのでは、いつまでたっても欲しい人は増えないよってことである。

翻訳会社がアレコレ言わなくても先輩翻訳者が後輩に道を示せばいい……という意見もあるだろう。私自身、そうして示してもらった道をたどって伸びてきた(と思う)し、私なんかの立場ではそれしかできないから、先輩から受け継いだモノを後輩に伝えたいとも思う。

この点については、同じように考える翻訳者は多いはずだ……少なくとも考え方としては。でも、示す方向性はみんなまちまちで、私とある意味180度違う方向を指す人もたくさんいる。もちろん、私から見て「そりゃあないだろう」と思う道を示す人も悪気があるわけではなく、その人としてはそれが最良の道だと思うから示しているのだと思う。ちなみに、私と180度違う方向とは、翻訳会社が「こっちに行った人には今すぐご褒美あげます」の方向、つまり「質より量」だったりする。ご褒美もらえるんだから悪くない道だと言えるが、長期的にはけっしていい道じゃないと私は思ってしまったりするわけである(理由は「勝ち残る翻訳者-高低二極分化する翻訳マーケットの中で」に書いたとおり)。

もちろん、私の考えが大間違いなだけだってこともありえる。

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コメント

Buckeyeさん、

こんばんは。arturo_takと申します。以前、tratoolで助言を頂いたことがあります。
他の翻訳者さんのブログを通じて、Buckeyeさんのブログに辿り着きました。

多くの翻訳会社の問題は、現場を知らない、翻訳業をビジネス面だけでしか
捕らえていない経営者が運営しているところにあると私は思います。
なので、翻訳者に対して何を目標にどういうトレーニングをすべきか明確に
示すことさえできないのです。

優秀な翻訳者を増やすには、ベテランの翻訳者が起業し、実践を通じて、
先輩が後輩にノウハウを伝授していく環境作りが必要だと私は思っています。
ですが、ベテランの翻訳者はそこまでやろうとはなかなか思わないですよね。
また、出だしの翻訳者がベテランから習おうと思うかどうかというところも
気になります。基本的に翻訳者とは、一匹狼が多いですからね。

ベテラン翻訳者と出だしの翻訳者の両方にメリットがあるような翻訳会社を
作れないか、最近模索しているところです。

また、色々とアイデアを聞かせてください。
よろしくお願いします。

投稿: arturo_tak | 2008年6月14日 (土) 22時05分

arturo_takさん、

そうですね……翻訳会社の経営者というと、(↓)に大別されると思います。

・翻訳者がいつの間にか社長になった
・もともと起業メインで対象業種として翻訳を選んだ

あと、最近は、ごく少数ながら、(↓)というケースもあります。
・親から受けついだ二代目社長

で、起業を目的に翻訳業へ入ってきた人だとarturo_takさんが言われるようなケースがけっこうあるかもしれません。

>> ベテラン翻訳者と出だしの翻訳者の両方にメリットがあるような翻訳会社を
>> 作れないか、最近模索しているところです。

おー、そっち方向に進まれますか。頑張ってくださいね。

私は10年近く前にトライしてあきらめました。

ソースクライアントとの取引をする関係で独立とほぼ同時に有限会社を作っていたので、他の翻訳会社で営業兼コーディネーターをしていた人に来てもらい、

>> 実践を通じて、
>> 先輩が後輩にノウハウを伝授していく環境作り

をしようとしたんです。

でも、人が入るといろいろと経営的なことを考えざるをえず、次第に、自分が目指す方向とずれた仕事が増えていくのを感じました。自分一人なら稼ぎがあろうがなかろうが、自分の選択の結果だとどっしり構えていられますが、来てくれた人には払うべき物を払うべき時に払ってあげないといけないし、その人が自分の仕事で自分の食い扶持分くらいは少なくとも稼いでいると感じられるようにしてあげないといけませんし。

そんなこんなの経験をした結果、結局、自分のアイデンティティが完全に「訳者」なんだと悟り、営業兼コーディネーターさんが結婚退職したのを契機に1人に戻ることにしました。商売っ気はあるほうだと思うのですが、経営者としてやっていけるほどではなかったというわけです。

私はわりと短期間であきらめてしまいましたが、あの先に目指すものがあったのかもしれません。

arturo_takさんのブログ、ときどき、読みにいかせていただきますね。

投稿: Buckeye | 2008年6月15日 (日) 08時38分

Buckeyeさん

Buckeyeさんは、10年も前に経験されていたんですね。
貴重なお話をありがとうございました。

私も現場が好きな人間なので、Buckeyeさんと同じことを
悟る可能性はあると思います。

翻訳業は単価がはっきり見える商売ですから、一人で
やっていた仕事を複数の人数で分担するのは相当
抵抗がありますね。パイの取り合いみたいなものですから。
それはベテラン翻訳者だけでなく、出だしの翻訳者も
思うことでしょう。フリーターでやってれば、もっと稼げると。

Buckeyeさんは、営業家コーディネータを雇っていらしゃった
ようですが、翻訳者は雇わなかったのでしょうか。

私は、翻訳者をまず雇うことにしました。ノウハウを
伝授していくには、インハウスでないと駄目であろうと
考えているからです。ただ、私の場合、伝授していくだけで
なく、教えてもらえるというメリットがあります。私は、
日英しかやらないので、アメリカ人を積極的に雇っています。
私もそこそこ英語は書けると思っていますが、英語ネイティブで
しかもライティングを勉強したことがあるアメリカ人となると
教えてもらうことも多くあります。私からは、日本語の読解の面での
援護、DTP->Trados->DTPの翻訳・編集プロセス、専門分野の知識、と
テクニカルライティング手法を教えて、アメリカ人からは、
細かい英語表現を教えてもらう、というギブ&テイクの素晴らしい
バランスができています。このバランスを保てるかぎり、収入は
多少減ってもそれ以上のメリットがあるので、お互いに継続できる
でしょう。

私は経営を完全オープンにすることにしています。売上の4割~5割を
必ず給与とボーナスで払うというシステムを作りました。
入社時は4割、経験を積むに連れてこの割合を増やしていくという
インセンティブ付き給与体系です。経営者から考えると5割を払うと
いうのはかなり大変なことだと思っていますが、雇われている人に
とっては、決して十分な数字でもないでしょう。なので、経験を積んだ
翻訳者の大半は退社していくであろうと見ています。
私はそれで構わないと思っています。偉いことを書くつもりでは
ありませんが、私は翻訳という仕事に出会えて幸せになれたので、
それを少しの多くの人にも伝えたいと思っています。

同時に、もちろん経営者として、また品質管理者として、より多くの
報酬も追求します。ある程度、組織が大きくなってくれば、
品質管理の職務にも十分報酬が払えるようになるはずなので、
会社に残ってくれそうな人をこの職務に引き上げることも考えて
います。経営についても同じことを考えています。自分が経営に
向いていないと思ったら、会社の運営を誰かに頼もうと思っています。
そのころには、ビジネスシステムが確立しているはずなので、
日常のオペレーションはそんなに頭を使わなくてよくなっていると
見ています。

ずらずらと書いてしまってすみません。何か助言をいただけたらと
思います。

ところで、私はコーディネータという職務は設けず、各翻訳者が
自分のプロジェクトの責任者になるような分担にしていくつもりです。
お客さんとのやり取りから、自分の翻訳した文章を編集する編集担当者の
スケジュール調整、初校、再校、...、納品をすべて翻訳者にやってもらいます。
なぜこんな形式にこだわるかは色々と理由がありますが、翻訳者には
広い視野を持ってもらいたいという願いがあります。広い視野を持って
いないと翻訳者は翻訳会社に使われるだけの人間になってしまいますし、
広い視野を持っていないと直接お客さんと取引することも難しいでしょう。

また、多くの翻訳会社やドキュメント製作会社の問題は、翻訳者とお客さんの間に
色々な担当者が入りすぎることだと思っています。お客さんから、「あの翻訳者なら安心だ」と分かるようにしたいですね。

投稿: arturo_tak | 2008年6月15日 (日) 23時10分

arturo_takさん、

インハウスのほうがノウハウは伝えやすいのですが、インハウスにするとなると来てもらえる人が限られてしまいます。私はそれをきらってインハウスを避けました。翻訳の世界に入るあたりからネット経由のやりとりで友人を増やしていたということなどから、距離は関係ないほうがいいという考えもありましたし。

営業担当者をまず雇ったのは、まずは仕事を取ってこないと回らないからです。その形でやるなら、コーディネーターも必要なので、営業が兼務、としたわけです。

組織としては従来の翻訳会社と同じになりますが、方針は、なるべく高値で仕事を取ってくる、外注した人への支払いは多め(営業兼コーディネーターには、「Buckeyeさん、外注さんに払いすぎ」とよく言われました)、私がチェックして価格に見合う品質を確保するとともに、チェック結果はフィードバックということを考えたんです。

でも、営業さんの給料など固定費が発生すると、「~だけ払ってもらえないなら仕事はいらない」という姿勢では回らない月が出てきたりして、「合い見積もりの案件、少し値下げして取りに行くか」などというケースが発生するようになりました。いいものをそれに見合う価格で買ってもらってお客さんに満足してもらう、というのが基本的な姿勢だったはずなのに、そこから外れるケースが出てしまったわけです。

また、売値を高くすれば(支払いが多めでも)チェックも労力に見合う収入が確保できるかなと思ったのですが、そちらも目算が外れました。まあ、私の場合、英日の手が早いので自分が翻訳する場合に見合うレベルを得るのが難しいっていうこともあったんじゃないかと思いますけど。

arturo_takさんが書かれたようなパターンは、(↓)の2条件さえ満足されればいい結果が出るかもしれないなぁと思います。

・仕事が回る
・社内の訳者が等しく熱心

どちらも実現不可能なことじゃありませんけど、実際問題としては実現が簡単でもないかと。arturo_takさんがその苦労を背負って疲れてしまわなければ、いけるかもしれませんね。

みんなに広い視野を持ってもらうというのはとてもいいことだと私は思います。私自身、そこが自分の強みだと思ってもいますから。

先行き、注目させていただきますね(^^)

投稿: Buckeye | 2008年6月19日 (木) 09時07分

Buckeyeさん、

色々とご経験をお話していただきまして、ありがとうございます。大先輩のお話を
こうしてお聞きできるということは大変参考になります。
また、成功の秘訣についてもアドバイスをありがとうございます。

インハウスにすると来てもらえる人が限られてしまうというのは、そのとおりだと思います。ただし、今思い返しますと、限られてはしまいすが、来てくれる人は相当やる気がある人であるということになるかと思います。去年雇った人はかなり熱心に仕事に取り組んでくれていますし、今年も相当やる気のある人が来てくれそうです。

仕事がなくても給与を支払う義務があるということは、確かに値下げしてでも売上を確保する必要がでてくる可能性がありますね。ただ、値下げしてしまうと、チェックの労力に見合う収入を確保できず、疲れが倍増するだけですね。そうなったら、好きな仕事が地獄と化しますね。いやあ、それは避けたい。

また、色々とアドバイスをいただければと思います。

投稿: arturo_tak | 2008年6月19日 (木) 20時38分

arturo_takさん、

私はうまくできなかったわけで、それはもともと、こういうやり方が難しいということなのかもしれません。

でも、単に私に事業的才覚が足りなかったのかもしれませんし、分野的に無理があったのかもしれません(私はいわゆる一般翻訳なので細かい仕事が多い)。つかまえているお客さんとの関係によってもいろいろと違いが生まれそうです。

そんなわけで、私がうまくできなかったからarturo_takさんもうまく行かないとは限らないはずだと思います。ぜひ、いい結果を出してください。

投稿: Buckeye | 2008年6月20日 (金) 10時28分

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