夏目式
夏目大さんという翻訳家が、この4月から「夏目式」と銘打って翻訳を教えておられるそうです。
フェローアカデミーのメールマガジン、『Tra-maga』Vol.172、■INTERVIEW■ 翻訳家 夏目大氏 <後編>(3月頭に配信された記事なのだけど、今ごろになって読んだので^^;)
余談ながら……私は、書籍を中心にしている人を翻訳家、産業翻訳を中心にしている人を翻訳者と呼び分けています。だからどうというような違いはないと思っていますが。
この夏目さん、会って話をした回数は少ないのだけど、たまたま、夏目さんの生徒さんの中に私の訳を気に入ってくれた人がいて、その人が夏目さんに習ったときのことをウェブ上にまとめていたことから、夏目さんの翻訳に対する姿勢や方針といったものはかなりわかっているつもりです。それを一言で表現すれば……私と似てる。だからこそ、その生徒さんも私の訳を気に入ったのかもしれません。
それはさておき。
「夏目式」の紹介を読んで思った。似てるとは思っていたけど、ここまで似ていたのか、と。
メルマガで紹介されたことのうち、<新講座「夏目式」とは?>に書かれていることのエッセンスは「原文は親切に読む。訳文はいじわるに読む。」とまったく同じ。翻訳をするときの考え方として書けば夏目さんが書かれたようになるし(↓)、標語的に書けば「原文は親切に読む。訳文はいじわるに読む。」となるだけのことでしょう。
私にはどんな翻訳をするときも2つのポリシーがあるんですよ。1つ目は、いかなる文章も自分と同じ「人間」が書いている以上、どうにかしてその内容を理解できるんだ、ということ。いろんな文章に触れていると、話の展開のしかたにはいくつかのパターンがあると分かるんです。それを踏まえて、今度来た原文はこのパターンだな、と都度あてはめていけばいい。話のどこにポイントが置かれているのかも、しだいにカンがはたらいて分かるようになると思います。2つ目は、読者に自分の言いたいことが伝わるように文章を書かなければいけない、ということ
<切れ味のよい万能ナイフ>も、私が基本方針としていることです。場合分けで処理するのではなく、さまざまな場合からそのエッセンスを抽出して一つにまとめてしまうわけ。だいたい私は単純記憶が不得意なので(記憶力が悪いとも言う^^;)、細かく場合分けなんかしたらボロボロ抜けまくるのが目に見えています。だから、昔習った数学や物理の公式もさまざまな場合のものを覚えることはせず(やろうとしてもできないから)、元になる公式一つや原理だけを覚え、必要な公式は、使うたびに導出していました。
と、まるで次善の策のような書き方をしていますが、実はこのほうがいいという側面がたくさんあるのです。まず、似て非なるケースに別の場合の公式を当てはめる失敗がなくなります。覚えておかなければならないこと、気にしなければならないことが減り、作業がシンプルになることも大きなメリットです
実際私の場合はコンピュータの専門書にせよ、ボブ・ディランの詩集にせよ、特に違うやり方で訳しているという意識はないんですよ
という夏目さんの言葉は、私がサンフレアさんの「WEBマガジン出版翻訳」に書いた「産業翻訳者が出版を手がけるようになった訳 その2」とまったく同じことを意味していると思います。「翻訳の品質-多変量翻訳評価関数の最大化」も、さまざまな翻訳を一つの方針で行うための基本的な考え方なので、これまた言いたいことは同じでしょう。
方向性が同じという人がいるのは当たり前かもしれませんが、力点を置く部分まで似ているというのはかなり珍しいでしょう。その夏目さんが提唱した「夏目式」、どういう成果が上がったか、しばらくしたら話を聞いてみたいと思います。成果が上がったのなら、どうやって教えたのかもできたら聞いてみたいところです。
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コメント
言うこと、考えることが似通ってくる、というのは「収斂進化」と同じようなことかもしれないですねえ...
(^0^)/
投稿: Dai | 2008年5月25日 (日) 16時49分
私としては幅広く適用できる考え方なので、「収斂進化」であってもおかしくないと思うんですけど、意外なほど、同じ考え方の人に出会うことが少ない気がしていたりもします。
企業秘密に抵触しない範囲で、そのうち、いろいろと教えてくださいませ。
投稿: Buckeye | 2008年5月26日 (月) 18時40分