『スティーブ・ジョブズ-偶像復活』
久しぶりに訳書が出ます。いつもは黒子の産業翻訳ばかりですからね。
今回は、今年の5月にアメリカで発売されたスティーブ・ジョブズの伝記、『スティーブ・ジョブズ-偶像復活』
ジョブズは文筆業で身を立てている人たちがキライだとのことで、いわゆる"Unauthorized"になっています。要するに、「著者が勝手に書いた内容であり、書かれた本人としては認めないよ」ってことですね。
原著は、"iCon"という表題がiMacやiPodなど、一連のアップル製品の名称に似ていることなどが問題とされ、出版元のWiley社の書籍がすべて、アップルストアから撤去されるなど、いろいろと話題をまいたようです。
ジョブズの仕事人生は波瀾万丈。アップルコンピュータを創業後、自分が招いたCEOに追放される。ピクサーでCGアニメーションの世界を拓き、事業的は失敗だったNeXTのお陰でアップルに返り咲く。そして、iPodとITMSで音楽の世界を一新。若いころの話を読んでいると、こんなヤツと一緒に仕事なんか絶対にしたくないと思うような人物なんですが、最後まで読んでみると、そういう人物だったからこそ、ここまでのことができたんだろうなぁという気がしてきます。興味のある方は読んでみてくださいませ。
あと、ブログでいつもえらそーに書いているけど、こいつの実力はいかほど?って思う方も、ぱらぱら読んでみられると、ある程度のイメージがつかめるのではないかと思います。今、持っている力を出し切って仕事ができたと思うし、結果としてもかなりのレベルのものに仕上がったと思いますから。一方、訳者としての自分の力には、自分で気づいているだけでも、あちこちに改良の余地があります。あと2年か5年くらいもしたら、その部分は改良ができているだろうと思う半面、きっと、そのころには、今、気づいていない改良の余地が見えていることでしょう。訳者として、そうでありたいと思います。
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コメント
読んでみようと思います。
平岩大樹
投稿: 平岩大樹 | 2005年11月 3日 (木) 14時56分
ありがとうございます。読んだあと、訳についてご感想があればお聞かせください。ひどい訳だと思われたら、そのとおりおっしゃっていただいてかまいませんので。
内容についての感想でもいいのですが、そちらは原著者の責任なので、よくても悪くても、私ではいかんともしがたいものがあります。
投稿: Buckeye | 2005年11月 3日 (木) 20時06分
はじめまして。
15年以上前からMac Fan でしたので、スティーブ・ジョブズ氏の本が本屋に平積みされていたのを発見しすぐに買いました。また以前に、『スティーブ・ジョブズの再臨―世界を求めた男の失脚、挫折、そして復活』を読んだことがありますが、この本は主に、スティーブ・ジョブズ氏がApple社に戻ってくるまでのことが書かれており、最近の出来事について書かれてある本がほしいと思っていたところでしたので、喜んで買うことにしました。また今日、私のblogでトラックバックさせて頂きました。翻訳のことについてもいろいろ示唆に富む文章をかかれていますので、またこれからも寄らせて頂きます。
投稿: アロハ・マハロ・ヨシ | 2005年11月 5日 (土) 23時23分
アロハ・マハロ・ヨシさん、
コメント、ありがとうございます。
Appleに戻った後にもいろいろとあって面白いですよ。若いころと変わらない部分と大きく変わった部分があって(一部は『スティーブ・ジョブズの再臨』にも書かれていますが。←今回の資料用に購入しました^^;)。10年後に、また、新しい伝記を読んでみたいなぁ、そのころにはどうなっているんだろうとも思ってしまいました。
投稿: Buckeye | 2005年11月 6日 (日) 06時02分
>Appleに戻った後にもいろいろとあって面白いですよ。
なるほど、そうですか?ただ今、Apple 社を設立するころのところを読んでおりますが、これからの展開が楽しみです。これまで読んできた感想ですが、ステーブジョブズの足跡が、すっきりとまとめられているようで、読みやすそうです。では、また立ち寄らさせて頂きます。
投稿: アロハ・マハロ・ヨシ | 2005年11月 6日 (日) 22時27分
伝記にもいろいろと書き方があるようですが、この本は、時系列よりもテーマがそれぞれまとまるように書かれています。この書き方だと、そのテーマについてはわかりやすい半面、時系列では行きつ戻りつするので、ちょっとわかりにくいところがあります(特に後ろのほうでいろいろな話が平行して進むあたり)。一長一短ですね。なお、時系列が戻るところでは、戻ることがわかるようになるべくしておいたつもりではあります。
投稿: Buckeye | 2005年11月 7日 (月) 07時24分
こんばんは。
その節はありがとうございました。
読みましたよ。
感想というか、駄文を私のブログにアップしました。
トラックバック送らせていただきますね。
投稿: くまぱぱ | 2005年11月 7日 (月) 22時38分
はじめまして!
コメント&TBありがとうございます!
訳者の方に直接コメント頂けるなんて…。
まだ少しですが、さっそく読み始めてます。
よろしくお願いします。
投稿: がっちゃん | 2005年11月 9日 (水) 20時52分
がっちゃんさん、いらっしゃいませ。
インターネットの普及で、昔ならつながりようがなかったところにつながりができるようになりましたね。
投稿: Buckeye | 2005年11月 9日 (水) 21時15分
iCon日本語版拝読いたしました。
すばらしい書籍を殺さず、スピード感のある心地よい日本語訳書をありがとうございました。読後感がGood!!!です。
投稿: tanaka | 2005年11月20日 (日) 02時47分
tanakaさん、
コメント、ありがとうございます。
私もいい本の翻訳に携わることができてよかったなと思っています。またいつか、もっといいものをお届けできるように精進したいと思います。私が「創り出すもの」は訳文ですから、いい訳にして読む人に楽しんでいただきたいと思いますので。
投稿: Buckeye | 2005年11月20日 (日) 06時13分
コメントいただいたtanakaさんのページを経由して、マイクロソフトにおられた古川さんのページにいろいろと面白いことが書かれているのを発見しました。
iCon読了、ジョブズ殿の裏話
http://spaces.msn.com/members/furukawablog/Blog/cns!1pmWgsL289nm7Shn7cS0jHzA!2348.entry">http://spaces.msn.com/members/furukawablog/Blog/cns!1pmWgsL289nm7Shn7cS0jHzA!2348.entry
ジョブズの右腕として、世界初のエバンジェリストと呼ばれた男
http://spaces.msn.com/members/furukawablog/Blog/cns!1pmWgsL289nm7Shn7cS0jHzA!2351.entry">http://spaces.msn.com/members/furukawablog/Blog/cns!1pmWgsL289nm7Shn7cS0jHzA!2351.entry
投稿: Buckeye | 2005年11月20日 (日) 06時33分
コメントありがとうございました。訳文のすばらしさ堪能させていただきました。古川さんのように、まさにこの本に書かれた時代を別の側面から作られた方が同時進行で語っている、という点、翻訳という仕事は歴史に楔を打ち込むすごいお仕事ですね。僕は歴史を創る方ができるよう精進したいと思います。よい体験をありがとうございました。
投稿: tanaka | 2005年11月20日 (日) 12時15分
ブログへのコメントどうもありがとうございました。
これだけの長文にもかかわらずtoneのぶれることの無い、professionalな翻訳のおかげで、一気に読みたいストーリーを、一気に読むことができました。本当にありがとうございます。
投稿: Jun Seita | 2005年11月26日 (土) 23時07分
コメント&TBありがとうございます!
こんなステキな本を翻訳できるのをうらやましく思います。
読みやすい訳文で、ストレス無く読了することができました。
投稿: 三文文士 | 2005年12月11日 (日) 23時20分
このようなコメントを読んだ方々からいただけると、訳者としてとてもうれしいですね。今回、いい本にかかわることができて、翻訳者としても幸せだと感じています。
投稿: Buckeye | 2005年12月12日 (月) 17時17分
はじめまして。大東文化大学の中村と申します。本日発売の『週刊東洋経済』に『スティーブ・ジョブズ−偶像復活』(東洋経済新報社,2005年)の拙評を掲載させていただきました。字数の関係上,貴訳についてのコメントを述べることができませんでしたが,皆さんご指摘の通り,大変読みやすい訳文でした。編集部から掲載誌がお手元に届くかと存じますが,もし届かなければおっしゃってください。
投稿: 中村宗悦 | 2006年1月16日 (月) 06時49分
中村さん、
書評の掲載をお知らせくださり、ありがとうございます。担当の編集の方から掲載ページのFAXをいただいています。
私は仕事が仕事ですから翻訳がいいか悪いかがけっこう気になるのですが、一般の方にとってはどうなんでしょうか。やはり気になるものというか、特に気にしない人でも気になるほど悪い翻訳があふれているのでしょうか。
原著が英語だと英語側で読んでしまうことも多く、翻訳モノはあまり読まな
いので、サンプル数が少なくてよく分からないんです。
今回は、私のところだけでなく、いろいろな方々のブログでもほめていただいたし、アマゾンの書評でも「原文ももちろんすばらしいのであろうが、軽妙な日本語訳も、本書の魅力の一つと言える」と書いてもらったりしているので、それなりには気になる方が多いのかなという気がしていますが。
投稿: Buckeye | 2006年1月17日 (火) 05時54分
あらぁ,ファックスですか。失礼しました。編集部からは現物がいくのかと思っていました。
私は翻訳モノも時々読みますが,何言っているのかわからない文章は大抵の場合誤訳ですね。今回は(字数の問題もありますが)原著と対象しながら読んだわけではないので,翻訳の良し悪しについては書評で触れませんでしたが,読みやすかったです。
投稿: 中村宗悦 | 2006年1月17日 (火) 06時20分
いや、まあ、私はどちらでもかまいません>現物 or FAX
そうそう、おかげさまで、少数部ながら増刷になるらしいです。実は第1刷の刷り部数が多く、ふつうなら増刷したくらいの数が第1刷だけで出ているので、少数部とはいえ増刷まで行ったのは驚きでもあり、うれしくもあります。本って売れなくなっているらしいですからね。
投稿: Buckeye | 2006年1月17日 (火) 07時30分
『スティーブ・ジョブズ−偶像復活』読ませていただきました。訳文にリズム、スピードがあり、とても読みやすかったです。
投稿: 松田正雄 | 2006年5月29日 (月) 11時23分
井口さま、
初めまして。出版社に勤務しております、西村と申します。
ジョブズの翻訳書に、私にはどうしても誤訳としか思えないところがありました。
言いたい放題の個人ブログ文体で恐縮ですが、ご高覧いただければ幸いです。
http://d-code.org/blog/archives/2006/06/icon---steve_jo.html">http://d-code.org/blog/archives/2006/06/icon---steve_jo.html
投稿: 西村賢 | 2006年6月17日 (土) 21時15分
西村さん、
ご指摘、読んできました。
西村さんと私で、"Because I know you'd like to have us around a little more"の"you"が誰を指しているかの解釈が違うんですね。結論からいくと、私の解釈が間違いでしょう。
私のは解釈も訳も、この"you"ともうひとつ前の"you"、いずれも「MacWorldに集まった聴衆」になっているんです。ひとつ前のほうの"you"が「MacWorldに集まった聴衆」であるのはいいんですが……そこで頭がそちらに行った上、続きが"I want to thank the families and the spouses of all the people at Apple"と"all"がついていたので、瞬間的に、その次の"you"は"the families and the spouses"ではない(全員が聴衆に含まれているはずはないので、こちらの意味なら三人称になるはず)→「MacWorldに集まった聴衆」という思考回路に流れてしまったようです。
でも、このスピーチを聴いている人にも聞いていない人にも呼びかけるというのは当然、アリなわけで、そちらの方向性も考えてみさえすれば、気づいて当たり前の点でしたね。今回、ここを読み直してみたら、その後の"to have us around a little more"に若干の無理があるなぁと感じたことを思い出しました。その無理がどこからきているのかを考えてみても、フィードバックがかかって気づいたはず、です。最初の勘違いはまだしも、こちらの違和感を流してしまったのは痛恨です。この本、正味1カ月ちょっとしか翻訳の時間がなかったんですが、最後は予定から遅れていたこともあって、ちょっと焦っていたのかもしれません。反省点が数多くありますね。
ご指摘、ありがとうございました。他に気づかれた点はありませんか?
投稿: Buckeye | 2006年6月18日 (日) 07時09分
井口さま、
このぐらいボリュームのある本でも1ヵ月で翻訳するんですね。
私は、この発言箇所だけを拾い読みしましたので、翻訳の他の部分に
ついては、よくわかりません、すみません。
いきなり非難口調のブログで失礼いたしました。
きっとまた増刷りのかかる本でしょうから、そのときには是非ご修正を。
ちなみに、私は年来のアンチアップル派で、当然ジョブズも特に
好きではありませんでしたが、この本で、だいぶ好感をもつように
なりました。
投稿: 西村賢 | 2006年6月20日 (火) 02時09分
西村さん、
今回、出版社さんからは2カ月(+予定から遅れた分、2週間だったかな^^;)、時間をもらいました。しかし、結局その期間、ふだんの産業翻訳の仕事がいつも通りというには多すぎる量、入ってしまったので、通常の倍以上のペースで毎日、2カ月ちょっとをすごさざるをえなくなりました。土日の休みもとれなかったので、1カ月あたりの仕事量としては、ふだんの3倍ペース、でしたね。全体的な期間から、ふだんの仕事に使った時間を差し引くと、1カ月強くらいの正味時間で訳した計算になります。
もちろん、ゲラ校正は別途です。
やっぱり、誤訳はなくならないですねぇ……。日本語で本を読んでも人によって解釈が違ったりするので、当たり前といえば当たり前でもあり、でも、プロなんだから、そういう間違いに気づく仕組みを作業の中に組み込んであり、今回の件も、そういう仕組みの網にかかってよかったはずの点でもあり……。とは言いつつ、やはり、人間がすることなので、間違ってしまうことはあるわけで。今回も、3回、読みなおして出版社に提出したのに、ゲラの段階で気づいた大誤訳が2箇所だったか3箇所だったかありましたし(+今回、指摘をいただいた点)。
特に、私のようなタイプの訳者は解釈に重点を置いた訳文を作るので、解釈を間違ってしまうと、はっきりとずれた内容になってしまいます。産業翻訳をしている人の中には、だから、英語の字面をなぞった訳やどうにでもとれる訳にしておくって人もいますが、そういう言い訳ができる訳にすると、訳文が漢字とかなで書いてあっても日本語とは言いがたいものになってしまうので、正直、翻訳する意義がなくなってしまいますし。
ご指摘の点は、今後、また、増刷という話があったら直しておきます。ただ、正直、これ以上の増刷がかかるかどうかはちょっとわかりませんね。出版社にお勤めとのことで状況はよくご存じだと思いますが、最近は、本の寿命というか売れる期間って、発売から3週間程度が普通、よく売れる本で3カ月、だそうですから。この本も、最初の3カ月で増刷をくり返して4刷になりましたが、その後はぱったり止まっています。
私も、特にジョブズのファンではない……どころか、特に前半に出てくるようなタイプの人ははっきりとキライって人間なもので、前半を訳している間はかなりストレスがたまりました(^^;) でも、最後まできたら、西村さんと同じで、かなり好感を持つようになりました。
投稿: Buckeye | 2006年6月20日 (火) 19時59分
十分な時間があって100%完璧を目指せるという
恵まれた条件での仕事というのは、なかなかないのでしょうね。
特に出版系は拙速が命みたいなところも……。
「解釈に重点を置いた訳」と「字面をなぞった訳」という
対比が門外漢には興味深いです。かつて購読していたメルマガで
字面をなぞった直訳に面食らったことがあります。
「砂の中に隠しているわれわれの頭を引っ張り出そうではないか」と
訳文にあって、私はすぐに bury one's head in the sand(現実から
目を背ける)という慣用句が思い浮かんで「ははーん」と思いましたが、
これは日本語話者には、まったく意味不明ですよね。
これこそ「字面訳」の極端な例かなと思って、ふと思い出しました。
今回の翻訳書のなかに、ひょっとすると字面側に振れてるのかなと
思う箇所がありました。C&Gがアップルに「MusicJamは、もう売るな」と
言われて廃業するくだりです。
Two years later, C&G closed its doors.
その二年後、C&Gはドアを閉じた。
となっていますよね。「ドアを閉じた」は日本語として成立しているか、
微妙な気がします。文脈から廃業に追い込まれたことは明らかですが、
「ドアを閉じた」というのが日本語で使われている(あるいは使われうる)
表現かというと、どうもそんな気がしません。日本語に複数形がないことも
あって、「ドアを閉じた」という表現は、日本語だとしっくり来ない
ようにも感じます。
ひっそりと事業を縮小して解散というニュアンスなのかもしれませんが、
ここは「倒産した」とハッキリとわかる日本語にしても良かったように
思いますが、そういうものでもないのでしょうか。
私はずっと雑誌の仕事をしてきましたので、本のこと、特に訳書のことに
ついてはほとんど何もわかりません。現況、そうそう本が簡単に売れないこと
だとか(いや品格のある本は200万部ぐらい ^^;)、特定の本が初速でドーンと
売れるだけという傾向も感じていますが、やっぱり3ヵ月ぐらいなんですね……。
悲しい時代です。
ジョブズの人間性はともあれ、このぐらい押しが強く、周囲を動かせる
カリスマをもった人間が、私も職場にほしいと思うことがあります。
投稿: 西村賢 | 2006年6月21日 (水) 22時18分
仕事というのは、常に時間に追われるもので、十分な時間があるという条件はまず期待できません。それは産業系の翻訳も同じです(っていうより、産業系は量が少ない分、今日中などと極端に短い納期の仕事も珍しくありません)。その中で、いかにミスを減らし、総体的な品質を上げるのか、どこまで完璧に近づけられるのか、が勝負ですから。
また、時間がないよりあったほうがいいものができるのは確かですが、じゃあ、時間さえあれば完璧なものができるのかと言えば、それはまたそれで、不可能といっていい話です。どれだけの時間と人手をかけても、数学で言う漸近線にしかならず、完璧に近づくけど到達はしないって形にしかなりえませんから。
実際に作業をする立場から言えば、「完璧は不可能だ」と思えばこそ、少しでも近づける努力をするってこともあります。「完璧だ」と思ったら、そこで止まってしまうわけですから。
「砂の中に……」という訳は、たしかに字面訳ですけど、まだマシなほうでしょう。少なくとも、日本語として破綻はしてませんから。日本語として、どことどこがどうつながっているのかわからない字面訳も、残念ながら、この業界ではよくみかけます。また、英語の慣用句は知らず、怖いものに出会うと砂の中に頭を突っ込み、見えないからないと思うっていう話のほうだけを知ってる人もいたりしますし(けっこういそうだと思って、起きてきた嫁さんに聞いてみたら、彼女がまさしくそういうひとりでした^^;)。
"close its doors"はよく使われる慣用句で、倒産と訳すのが普通でしょうね。ですから「そうしても良かったんじゃないか」と言われれば、そうしても別によかったと思いますよ。ただ、いろいろな意味から、倒産とはしたくなかったんです。全体的な方針として、なるべく漢字熟語を減らし、開いた表現にしようとしていたという点がまずひとつ。あと、メインの問題として、ひっそりと消えるイメージを倒産と聞いて想像する人がどのくらいいるのかっていうのがあります(同じ理由で、「つぶれた」「倒れた」もあまり使いたくなかった)。訳した時点では、「会社をたたんだ」とでもできればベストだと思ったんですが、これだと人間が必要になってしまいます。自分で書いているわけではなく翻訳なので、原本にない人物を勝手に登場させるわけにいかず、他にいい表現も思い浮かばずで、倒産とするよりは文脈から想像させる形のほうがまだしもベターと判断したわけです。
でも、今回、西村さんが書かれた「解散」を使って、「その二年後、C&Gは解散した」としたほうが、もっとよかったかなと思います。どうして「解散」が浮かばなかったんでしょうね。「倒産」から離れようとしているのに、そちらに強く引きずられてしまったのかもしれません。「倒産」で日本語シソーラスを引いても「解散」は出てこないし、そちらに連想が飛びそうな言葉も見あたらないし。さすがに、その他に、どういう方向性を考えたのかまでは思い出せませんが……「会社をたたむ」までは来ていたのだから、もうあと一歩だったはずなのになぁ。
本が売れないというのは、いろいろな意味で悲しいですね。翻訳者にとっては、お金という即物的な部分でも。本業が産業翻訳という私のようなケースは、書籍の売れ行きが悪くて印税が少なくてもそれほど困らないわけですが、出版が本業という翻訳者はたいへんだろうと思いますよ。
投稿: Buckeye | 2006年6月22日 (木) 06時59分
西村さん、
そうそう、解釈を間違ってしまったほうのお話だけをしてしまいましたが、そう言えば、もう1点、指摘されているところがありましたね。
"I would like you to join me in thanking all the people at Apple who've worked so hard to create all these new products"という発言がジョブズの若いころでは考えられない発言であり、その鮮烈なコントラストをねらって著者がここに持ってきた、という点は私も同感です。
ただ、そのコントラストは、「懸命に働き、ご紹介した新製品を創りあげたアップルの社員全員に、みなさんとともに感謝したいと思います」で十分に出ると思ったので、この表現にしてます。
十分に出ると考える理由の第一は、チームの功績を横取りしていた人物が、大勢の前でチームの功績を認め、あまつさえ、感謝しているという内容自体に大きな力があるからです。
第二は、他人からの賞賛を独り占めしようとしていた人物が、他人の賞賛がチームに向くよう、導いている点。こちらは、これだけでは、私が何を言いたいのかわかりにくいかもしれませんね。いや、それどころか、そこが出ていないと指摘しているんだが……と思われるかもしれませんね。
まずは英語側を考えてみます。西村さんは、"join me"から「感謝しましょうというイニシアチブをジョブズが取っていることがポイント」と書かれていますが、"join me"というのは、こういう場合の英語としてごく普通の表現であり、ジョブズも著者も、ジョブズのイニシアチブには、特に大きな意義を(無意識であれ)見いだしていないだろうと思います(英語という言語の形式にすぎない、という解釈)。ただ、社員に感謝してくれと聴衆にお願いする形で、他人の賞賛がチームに向くよう、導いているという点はポイントのひとつとなるでしょう。(ポイントはイニシアチブを取っていることではなく、その内容)。
Googleなどで、「"I would like you to join me in"」を検索し
(フレーズ検索とするため「"」から「"」までを検索対象として
ください)、ぱらぱらと読まれればおわかりいただけるかと。
ひるがえって、日本語側で、壇上から集まった人への「みなさんとともに~したいと思います」という発言は、「(私は~すべきだと思うから、みなさんも)~してください」という意味を婉曲に表現したものであり、これまた、このような場合にごく普通の日本語表現だと思います。
つまり、他人の賞賛がチームに向くよう、導いているという英語におけるポイントは、この日本語でも十分に表されているわけです。
ここまでは訳出の必要があるかどうかの検討で、特にないという結論になります。
第三として、逆に、訳出したらまずいのかという点も考えてみると、以下のようにこれはやはりまずかろうと思うという点があります。
日本語では、婉曲表現が普通という内容を、話者であるジョブズのイニシアチブを前面に押し出した表現にすると、「オレがオレが」という感じが強くなってしまい、ジョブズの若いころのイメージにむしろ近くとられるおそれも出てくるだろうと私は思います。というか、英語と日本語の間の翻訳における基本として、日本語は婉曲表現をよしとし、英語ははっきり言うことをよしとするので、英語表現と同じ強さを持つ日本語に訳すとアジ演説になってしまいますし、逆に、日本語表現と同じ強さしか持たない英語に訳すと意図が理解できないものにしかならないというのがあるわけで。
その他にも、不要に長くなるなど、いいことがありません。
翻訳モノらしいバタくささを演出したいのであれば、有効かもしれません。
というわけで、現段階で考え直してみても、ここの訳はこれでいいと私は思います。
投稿: Buckeye | 2006年6月23日 (金) 08時29分
英語の形式は訳す必要がないと書いたので、ついでに……
今回、西村さんが書かれたところに、ひとつ、英語の形式がそのまま日本語に紛れ込んじゃってる悪い例がありますね。"the families and the spouses"→「家族や配偶者」というところです。
英語でfamilyというと、夫婦で"When are we going to start a family?"(子どもはいつ、作る?)と言ったりするように、世代の違う部分と夫婦とをわけることがある(というかけっこう多い)んですよね。でも、日本語では、家族と言えば当然、夫婦も含まれるし、夫婦だけでも家族と言うのが普通なわけで。
というわけで、配偶者は蛇足。「アップル社員の家族や配偶者にも~」は、「アップル社員の家族にも~」だけとしたほうがいいわけです。
投稿: Buckeye | 2006年6月23日 (金) 19時10分
> まずは英語側を考えてみます。西村さんは、"join me"から「感謝
> しましょうというイニシアチブをジョブズが取っていることがポイ
> ント」と書かれていますが、"join me"というのは、こういう場合
> の英語としてごく普通の表現であり、ジョブズも著者も、ジョブズ
> のイニシアチブには、特に大きな意義を(無意識であれ)見いだし
> ていないだろうと思います(英語という言語の形式にすぎない、と
> いう解釈)。
「I would like you to join me in ~」のjoin meは形式に過ぎな
いというお話は、私にはよくわかりません。ググってみましたが、
黙祷などでよく使われることはわかりましたが、うーん。
「これらすべての新製品を作りあげるために懸命に働いたアップル
社員全員に対して、みんさんにも、私と一緒に感謝していただけれ
ばと思います」
とでもすれば、オレがオレがという感じにならず、丁寧な呼びかけ
になると思いますが、いかがでしょうか。
まあ、これはでも些細な問題かもしれません。おっしゃるとおり、
「みなさんと一緒に」が自然な日本語の表現だと思いました。
> "the families and the spouses"→「家族や配偶者」
日本語の「家族」と英語のfamilyには、けっこうズレがあるなとは
感じています。20歳の大学生に「あなたの家族は」と言ったら、
自分を育ててくれた親や、一緒に育った兄弟を思い浮かべるの
でしょうけど、たとえば30歳独身男性だとどうでしょう。
日本の場合、30歳でもまだ親たちが家族という感じでしょうけど、
アメリカだと「自分には家族はまだいないよ」というように
答えるんじゃないかという気がします。独身時代に、
do you have a family? と聞かれて、一瞬意味がわからなかった
ことがあります。孤児じゃないので当然両親がいるよよと
思ったんですね。
家族の認識が異なるかなということもありますが、それ以上に
配偶者という言葉が気持ち悪いのは、日本では法律用語っぽいから
でしょうか。
投稿: 西村賢 | 2006年6月27日 (火) 00時49分