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2005年6月17日 (金)

翻訳者でない人が気づいた翻訳のコツ

仕事の一環でときどき短い翻訳をしていた人が、薄い小冊子を数人で分担翻訳したあと、他の人たち向けに書いて配布したという文章をたまたま入手したことがあります。翻訳を仕事にしているわけではなく、「翻訳とはどうするべきか」なんて普段はまったく気にしていないはずの人が、「ちょっと気づいた点」をまとめたものです。

ところがこれが、あまりによく要点を押さえたものだったので、ご本人の承諾を得て、転載します。

書かれた方は、警察庁の科学警察研究所に勤めておられた田村雅幸さん。

====================================ここから
良い訳文にするための若干のアドバイス

FBIの本の編集をしている時に気付いた点を記しておきます。

我々みな、受験英語のインプリンティングが強く、「文字どおりに訳す」クセがついています。Manyは「多くの」、Oftenは「しばしば」と、訳語が決められてしまっています。日本語の文章で「しばしば」などは、しばしば出てくることは絶対にありません。また、「関係代名詞は後ろから訳す」なども定式化していますが、訳文は頭に入りにくい文章となってしまいがちです。

また、下に記すように、日本語として不必要な単語は、削れるだけ削ってしまった方が、文章がしまり、いかにも訳文という印象がなくなります。逆に、意味が通りにくいところや、日本語としての表現が不足している場合には、それを補う単語を追加しないと不親切になります。

英語を日本語に訳すのではなく、英語の意味を日本語に移し代えるつもり、わかりやすい日本語の文章を書くつもりになると良いのかもしれません。これが行きすぎると意訳になりますが、原著者に対して失礼な感があり、小生は好みません。なるべく原文に忠実に、しかも判りやすく、というはなはだ難しい作業が翻訳ということになります。

◎意味が通りやすくするために

  1. まず直訳してみて、その意味をはずさないようにして、判りやすい日本語に書き換えてみる。時には大胆に。
  2. 英文の思考法に合わせて、まず言いたいことを言い、説明をあとからつける方が、判りやすい文章になる。関係代名詞を後ろから訳すと、なかなか話の筋が見えてこないため、判りづらい文章になる「すなわち」「つまり」などとやって、関係代名詞以下を後ろから説明するようにするとよい。つまり、英文の順序にあわせる方が、よい場合が多い。
  3. 長文はセンテンスを2つか3つに分けてしまう。
  4. 形容する語と形容される語を近くに置く。形容される語を2度くり返したほうが良い場合がある。

◎訳文調から脱却するために

  1. 主語を省略する。意味上の主語が明白な場合には、なるべく省略する。
  2. 意味上の主語に合わせて、時には受動態に訳す。逆もあり。
  3. 「その」「それらの」「あの」などの指示代名詞は、指示しなくても判る場合は省略する。多くの場合、いらない。削れるものは、削ってしまう。
  4. 「彼女の」「彼らの」なども、指示しなくても判る場合は省略する。
  5. 「しばしば」「多くの」などの直訳的表現は、使わない。
  6. 複数形は使わない。日本語では、あえて複数で示さなければならない時以外、使用しない。
  7. Hostage taker→人質を取る者→人質犯。1単語にすると、文章がしまり、判りやすくなる。
  8. Careful interview→注意深いインタビュー→綿密なインタビュー。名詞には、それにみあった形容詞を用いる。こなれた訳文になる。
  9. 助詞の「の」は多様な意味があるので、使うときには注意する。「~に関して」「~にとって」「~に対して」「~について」などを多用して、動作の方向(?)を明確にするとよい。

====================================ここまで

いかがでしたか。

そっかーと気づいた点のある人、アマがちょっとやっただけで気づくことにプロが気づけないのでは、それだけでプロ失格です。この人が自分のクライアントだったら……考えただけでぞっとしますね。精進しましょう。

いずれも先刻ご承知だよと思った人、いつ、気づきましたか? 翻訳の道に入ってすぐにこれだけのことに気づけましたか? すぐに、まとめて人に示せるほど明確な形で認識しましたか? 今、これだけのこと、仕事でかならずできていると自信を持って言えますか? 私は……かなり時間がかかりました。やろうと努力しているとしか言えません。もちろん、上記以外のことも気をつけていることはいくつもあります。プロとして10年もやってきているのですから、それは当たり前でしょう。でも、いまだに、上記のことさえ、完全に身についたとは言いきれないものを感じます。この人が自分のクライアントだったら……考えただけでぞっとします。精進しましょう。

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コメント

タイトルのBuckeye the Translator
とはどういう意味ですか?辞書には、
buck·eye (bk)
n.
1. Any of various North American trees or shrubs of the genus Aesculus, having palmately compound, opposite leaves, erect panicles of white to red or yellow flowers, and large shiny seeds with a large attachment scar. All parts of the plant are poisonous.
2. The spiny or smooth fruit of any of these plants.
3. The large shiny brown seed of such a fruit.
とあり、
buck & eyeともありますが。
buckには一般的に知られている1ドルの意味がありますが、
このサイトのタイトルで使われているのはどういう意味なのか
お教えください。

投稿: 田中裕美子 | 2005年10月16日 (日) 06時58分

田中さん、

"Buckeye"というのは、私がもう10年来、ずっと使っているネット上での名前(ハンドル)です。

基本的には木の種類で、日本で言えばトチノキに近いもののようです。この木、実は米国オハイオ州とゆかりが深いのですが、私の留学先が米国オハイオ州だったもので、このハンドルを使うようになったわけです。ゆかりが深いというのは、ひとつには、オハイオ州の州木になっていることや、"Buckeye"と大文字にすると、「オハイオ州人」という意味があることなどからわかります。

上記の意味は、大きな辞書なら載っています。英和辞典ならランダムハウス、リーダーズ、ジーニアス大英和など、英英もWebsterには"usu cap: OHIOAN - used as a nickname"とあります。

特に私が留学していたオハイオ州立大学は、スポーツチームの名前がBuckeyesだし、チアチームのマスコットはBuckeyeの実だしとBuckeyeととてもゆかりが深いところでした。そのためか、大学の周りのお店も、Buckceye DonutsとかBuckeye Audioとか、"Buckeye"を冠したものが掃いて捨てるほどありました。

投稿: Buckeye | 2005年10月16日 (日) 08時17分

ロンドン在住、翻訳歴1年、ほぼ我流で突き進んで来た私には目からウロコでした。
本当に納得させられることばかりで、英文に真摯に向き合ってこそわかる有効なアドバイスだと思います。

翻訳って奥が深いですよね。
精進します!

投稿: あい | 2013年1月12日 (土) 06時44分

これ良いですね。プリントアウトして、貼っておきます。

投稿: Amicable0405 | 2013年8月 6日 (火) 21時25分

はじめまして。
サイエンス系の英和翻訳の仕事を10年以上やってる者です。

ほぼ野放し的に(リライトやチェックなどは、上司任せて…)、ずっと仕事を続けてきたのですが、最近になって、レベルアップを要求され、ネット検索でこちらへやってきました!

「翻訳のコツ」、良くわかりました。
自信がなくて臆病になってしまいましたが
こちらの記事のおかげで、前へ進めそうです!
がんばってみます。

ありがとうございました。

投稿: かれん | 2018年3月 9日 (金) 20時17分

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