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2015年3月 8日 (日)

クランク長に関する一考察

クランクの長さはどう考えるべきなのだろうか。世の中にはいろいろな意見があり、矛盾するものも多い。少し前にとあるところで話題になっていたので、それをきっかけとして、自分なりの考え方をまとめてみたい。

■基本

まず、クランク長には、それ以上長くすると問題が出るという限界がある。クランク下死点でサドル高を合わせたとき、クランク上死点をスムーズに通過できる範囲でなければならないからだ。つまり、いわゆる上死点での詰まりが発生しない範囲にとどめなければならない。このため、足が長いほうが長いクランクを使えるし、足回りの関節が柔らかいほうが長いクランクを使える。

もうひとつ、パワーとはどういうものかを確認しておこう。少し簡略化して式を書くと、

パワー = ペダルにかかる有効な力 × クランク長 × 回転数

ただし、

ペダルにかかる有効な力 = 足からペダルに伝わる力 × ペダリング効率

つまり、

パワー = 足からペダルに伝わる力 × ペダリング効率 × クランク長 × 回転数

となる。

パワーが出せるほど自転車は速く走るわけだが、エンジンが人間の体であるため、本当は、パワーだけを考えたのではだめだろう。最終的に自転車を進めるパワーが同じとき、体の疲れ具合が多いか少ないかも考えるべきだ。

現実の問題としては、入手可能なクランク長も頭の隅にいれておくべきだろう。極端に短いものや長いものは、たとえそれがベストだとしても、我々一般人には入手できないし、入手できないものを望んでも仕方がないからだ。クランク長は、シマノのデュラエースが165~180mm、スギノは160~175mm、OnebyESUのラ・クランクが140~170mm。結局、選べるのは140~180mmというところだろうか。

■クランク長を変えてなにがしたいのか

どうすべきかは目的によって異なるはずだ。ヒルクライムなのか、山岳ステージ的なロングライドなのか、平坦基調のロングライドなのか、TT的な走りなのかなどなど、それぞれに応じて対策は変化するはずだ。

私個人はヒルクライム~山岳ステージ的なロングライドが主目的なので、以下、それを中心に検討してみたい。なお、一からすべてを検討するのは大変なので、他人の肩を借りて進める。

■ユタ大学のデータ

ユタ大学がクランク長とペダリングテクニックについてデータを取っている。前述の話が出たとき紹介されていたもの。論文そのものはみつけられなかったが、プレゼンで使ったらしいスライドのPDFはみつけた。

“Myth and Science in Cycling: Crank Length and Pedaling Technique”

ざっと流れを追ってみる。

●最大パワーに対するクランク長の影響

  • 145~195mmの範囲なら影響はごく小さい
  • 身長が低い人から高い人まで、全員に170mmを使わせても影響は0.5%

●最大パワー発生時のケイデンスとペダルの接線方向スピード

  • クランクが短いほどケイデンスは高くなる
  • クランクが長いほど接線方向スピードは速くなる
  • ケイデンス×接線方向スピードと最大パワーの関係は、クランク長によってほとんど変化しない

要するに、最大パワーという面では、クランク長はどれでも同じで好きな長さを選べばいい。

ただし、代謝コストはケイデンスが高くなるほど高くなる、つまり疲れると言われている。足からペダルに伝える以外に、足そのものを動かすエネルギーもいるのだから当然という気もするが、「クランクが長いほど接線方向スピードは速くなる」も考慮に入れると違う可能性も否定できない(同じクランク長、同じパワーで高ケイデンスと低ケイデンスを比較する場合とは条件が異なる)。

その点について検討すると……

  • 同じクランクで比べると、同一出力ならケイデンスが高いほど代謝コストは高くなる。

  • 各種条件で測定すると、出力以外の要因による代謝コストの変動は5%。
  • 上記5%の変動のうち、ペダルスピードで説明できる部分がある(ペダルスピードと代謝コストの関係は1m/sあたりに極小値があり、ペダルスピードが上がると代謝コストが上昇する)

ちなみに、クランク長170mm、ケイデンス90でペダルスピードは0.96m/s。効率がいいのはケイデンス90ってよく言われるけど、上記の最後はその根拠となりうるデータらしい。

ここまでの結論は……

  • 代謝コストに対するクランク長の影響は1%、ケイデンスの影響は0.02%(ケイデンスをあげると代謝コストがあがるのは、ペダルスピード上昇の影響ということらしい)

要するに、クランク長で考えるよりペダルスピードで考えたほうがいいってことのようだ。だとすると、「クランクが長いほど接線方向スピードは速くなる」から、クランクが長いほうが疲れることになりそうだ。

この研究では、さらに、30秒スプリントにおける疲労度に対するクランク長の影響も検討している。

  • ピーク出力はクランク長の影響を受けない
  • 後半の疲労はクランクが長い方が少ない
  • クランク1回転あたりの疲労度はクランク長が違っても同じ(後半疲れるのは、短いクランクのほうがたくさん回すから?)

うーん、こちらをもとに考えると、クランクが長いほうがクランク回転数が少なくなり、疲れないはず??? 前と矛盾することになるなぁ。もともと、私が検討したいことのために取ったのではないデータから考えているせいで、なにか別の条件が入って矛盾しているかのようなことになっているんじゃないだろうか。正直なところ、よくわからん(^^;)

このあとはペダリング効率の話なので割愛。

基本的にスプリント時の研究なので、LT以下の強度における疲労がどうなるのかとか、私が興味のあるあたりはよくわからないのだが……この研究における結論は、出力に対するクランク長の影響は無視できるレベルということらしい。気になるのは、「クランク1回転あたりの疲労度はクランク長が違っても同じ」である。クランク長を変えた結果、回転の回数が変わるなら、それによって疲労度が違ってくるはずなのではないかと思うからだ。

■クランク長を変えてヒルクライムをしたデータ

Crank Length? Whatever...(within reason) 」というサイトでは、上記ユタ大の研究も引きつつ、「クランク長を変えても、それに応じてギアなどを変更すれば同じだ」としている。つまり、クランクを短くすればペダル軸にかかるトルクは小さくなるが、その分、ギア比を大きくすれば、結局、自転車を前進させる力に違いはない、ということだ。

で、実際、クランク175mm、カセット12-25とクランク150mm、カセット12-30で10分強のヒルクライムをしてみたという。結果は、

  • クランク175mm、カセット12-25:Time = 12:50, Power = 289W, Cadence = 73 rpm, HR = 170bpm
  • クランク150mm、カセット12-30:Time = 12:50, Power = 286W, Cadence = 84 rpm, HR = 171bpm

とタイム、パワー、心拍にほとんど違いが見られない。違いはただひとつ、ケイデンスである。ギア比が大きくなった分、回転数を上げているわけだ。これをペダルの接線方向速度で整理すると、セットアップによる違いはわからないくらいしかない。つまり、クランク長を短くするとギア比を大きくしてケイデンスを高め、接線方向速度が変わらないようにしてしまうということらしい。

ユタ大の研究にあった、30秒スプリントではクランク1回転あたりの疲労が同じという話はどうなるんだろう。接線方向速度による疲れ方はクランク長によって変化しない、クランク1回転あたりの疲労度が同じだからクランク回転数が増える分クランク長が短い方が疲れる、ということになりそうなのだが。少なくとも30秒スプリントではクランクの回転数が少ない方が疲れないってことだと思うのだけれど、ここのデータでは、心拍などから、疲れ具合の違いは無視できるレベルと考えるべきのように見える。ヒルクライムなどのLT領域では関係ないのだろうか。

■結論、のようなもの

なんか、クランク長は長くても短くても、どちらでもいいという話のように思える。

ただ、我々ホビーライダーにとっては、考えておかなければならない制約条件があると思う。

市販品を使うかぎり逃げられないギア比の縛りについて、だ。クランクを短くして、その分、大きなカセットを使いたいと思っても、たとえばデュラエースなら最大28Tまでしかない。アルテグラや105には32Tがあるが、少なくともそこが限界になるし、リアディレーラーをショートゲージにしたければ、やはり28Tが最大になる。

自分が使える(あるいは使いたい)リアカセットで自分が行きたいところすべてに行ける範囲であれば、クランクは長くても短くても好きにすればいいのだろう。ただ、パワーがある人はギア比に余裕があるからクランクを短くできるが、パワーがないとギア比に余裕がなくてクランクを短くするのは難しいだろうと思う。また、逆に、パワー不足でいまいち坂が上れないといった場合には、クランクを長めにしてギアに余裕を持たせたほうがいいのではないだろうか。ヒルクライムレースの最後尾で死にそうになりながら上がっている人たちにはギアが足りてない人が多いように感じるし、私も、リアカセットを大きくしたおかげで坂が上れるようになり、上れるようになったから力がついて最近はふつうのギアでもいいかと思えるようになったわけだし。リアカセットを歯数の大きなものにするのと同列にクランク延長を考慮してもいいのではないかと思う。

とりあえず、行きたいところに行けている場合でも、クランク長めにしてリアの最大ギアを小さくできればそれだけリアがクロスになり、走りやすくなるはず。そう考えると、一般に、体格や柔軟性、テクニックの面で問題がない範囲でクランクは長めにしたほうが基本的にいいのかもしれないとも思う。TTのように特殊な条件で、短いクランクでもクロスなカセットが使えるなら、クランクを短くして上死点で詰まりにくくすることにメリットがありそうな気がするけれど。

ホントは、こういう仮説が正しいのか否か、データを取って検証しなければならない。でも、そこまではできないからなぁ。

■異論

クランクは短い方がいいという意見も世の中にはある。

パワークランクのサイトでは、145mmとか、それこそ110mmなんてクランクのほうがよかったという実例が紹介されている。膝をあまり曲げない状態のほうが足の筋肉にとって楽に曲げ伸ばしできるからというのだが、それはそれで一理あるように感じる。まだきちんと読めていないが、それなりに研究データもあるらしい。

まあ、ここでも、ペダルとタイヤのあいだでてこの原理が使えるのはクランク以外にギアがあるって話が出てきていたりもするので、上記ギア比の制約は考える必要があると思うんだけど。

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コメント

L(mm)=170
k(/rol)=2π
C(rol/min)=90

LkC=96133 mm/min ≒ 1.6 m/sec

効率がいいペダルスピード(線速度)は 0.96m/sec なのか、1.6m/sec なのか?

それとも、私の理解・読み方が根本的に間違っているのか?

お時間のある時で結構ですのご教示願えれば幸いです。

投稿: 数物赤点 | 2018年10月13日 (土) 14時54分

本文中の

>> ちなみに、クランク長170mm、ケイデンス90で
>> ペダルスピードは0.96m/s。

は計算がまちがってますね。クランク長170mm、ケイデンス90でペダルスピードは、誤指摘のとおり、1.6m/sです。なんかぼけていたようです。ペダルスピードが1m/sくらいになるのは、ケイデンス56~57ですね。だから、同一出力(たとえば200W)のとき、ケイデンス100rpmより60rpmのほうがメタボリックコストは低いというグラフになる、と。ワット単位で表されるメタボリックコストがどういうものなのかは、この資料からではわかりませんが(酸素と二酸化炭素の濃度から算出しているということなので、酸素の消費量みたいなものかなぁとは思うのですが、じゃあなぜ単位がワットなの?)

改めて、リンク先のプレゼン資料などを見つつ、考えてみました。

このあたりに関係のある数字は……

「最大パワー発生時、ペダルの接線方向スピードは2m/sあまりになる」
つまり、出力が出るという意味ではこのくらいがいい。

「ペダルスピードと代謝コストの関係は1m/sあたりに極小値がある」
上と考え合わせると、1m/sだと代謝コストは下がるが最大出力は出ない、最大出力が出る2m/sあまりにすると代謝コストが上がりがちの痛し痒しということになる。

「クランク長を変えて疲労度を測定すると、クランク1回転あたりの疲労度は変わらない。つまり、回転数が増えるショートクランクが疲れる」(測定時間は30秒。長時間だと話が違うんじゃないかという気がしないでもない)

このあたりを総合すると……出力を絞りだしつつ疲れを防止するには、最大パワーが出るケイデンスからもう少し下までの範囲がいいらしい。つまり、100~115rpmのイメージ?

ただし、これは、たぶん、短時間のスプリント的な走りを念頭に置いた研究。私としては、巡航やヒルクライムなどのときどうなるかが知りたいわけで、そのとき同じことが言えるのかどうかは、この資料からではわからない。

投稿: Buckeye | 2018年10月23日 (火) 21時53分

ヒルクライムとかで心肺がいっぱいいっぱいになったらしばらくケイデンス低め(60台)にすると少し楽になったりしますが、そのあたりは、「代謝コスト(=酸素の消費量?)がケイデンス60弱で下がる」からなのかもしれません。

これと、「条件を変えてもペダル1回転あたりの疲労度はほとんど変化しない」を合わせると低ケイデンスのほうがいいってことになりますが……長時間でそれが成立しないのは経験的に明らかなわけで。そのあたりは、やはり、LT前後の長時間でどうなるかを研究してもらわないとだめなんだと思います。

投稿: Buckeye | 2018年10月23日 (火) 22時02分

詳細な解説ありがとうございます。

>酸素と二酸化炭素の濃度から算出している

ということは呼吸基質の推定をしているということではないでしょうか。高校生物の範囲ではすぐにそれを思い浮かべます。

ところで、大変な時期にお時間を頂戴して申し訳ありませんでした。クランク長で検索してたどり着いて読んで・質問してからその他のエントリを読んで空気読めない奴であったことを知りました。

申し訳ありません&ありがとうございました。

投稿: 数物赤点 | 2018年10月26日 (金) 20時26分

ああ、けがについてはお気になさらず。やっちまったとへこんではいますけど、だからこういうやりとりが苦痛といったことはまったくありませんので。

呼吸基質の推定……というのは知らなかったので(なにせ生物なんて勉強したのはもう40年ほども前のことなので^^;)ちょっと調べてみましたが……そうですね、呼吸基質というか呼吸商というか、そのあたりと酸素の消費量から代謝コストを割り出しているということかなと思います。具体的な計算方法とかは、リンク先の資料には出ていなくてわかりませんけど。

投稿: Buckeye | 2018年10月29日 (月) 15時18分

>だからこういうやりとりが苦痛といったことはまったくありませんので。

ありがとうございます。そう言って頂けると有難いです。

その後Netを徘徊したところ、YouTubeでGCN Scienceの Dose Clanck Length Matterという動画を発見しました。

この結果だけを見ると回せる限り長いクランクを使えという理解になるのですが、物理的に回せない長さは明らかにあり、その前に身体的に回せない長さが来て、そこより少し短いのがその時の最適長になるんではないかと思えます。

どっかで実験してみたいんですが、系の構築ができません。

投稿: 数物赤点 | 2018年11月 5日 (月) 12時50分

私自身の結論は、本文中にも書いてますが、問題なく回せるのなら長い方がいいのかなぁという感じです。「問題なく」というのがなにを意味するのかっていう問題もあるので、具体的にどうこうは難しいわけですが……120~130のケイデンスが気にせず使えればアマチュアとしては回せていると考えていいのかなぁと思っています。

実験できたらいいですよね~。

投稿: Buckeye | 2018年11月22日 (木) 16時52分

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