2019年12月 7日 (土)

『この英語、訳せない!』

越前敏弥さんが書かれた本です。買おうと思っていたら、著者献本でいただいてしまいました。

さっそく読んでみました。

越前さんは文芸の人ですが、第1部「いくつもの意味をもつ言葉」と第3部「言語構造のちがいによる訳しにくさ」は、ノンフィクションにも共通する話が満載で、そうそう、あるあると思いながら楽しく読みました。ノンフィクションどころか、産業系にも出てくる話だってたくさん書かれています。逆に言えば、ここに書かれているくらいのことを気にせず訳していたら、プロ翻訳者としてまずいんじゃないでしょうか。

ちなみに、第3部の「脚韻を見ても血が騒ぐ?!」で“Intel Inside”と「インテル入ってる」が取り上げられていますが、これ、英語から日本語に訳されたのではなく、実は、日本発で英訳されたものだという説があります。どちらが本当なのか私は知りませんが、いずれにせよ、翻訳者として、すごいなぁとうなってしまう翻訳であることはまちがいありません。

第2部「文化のちがいによる訳しにくさ」は、あるあるの中に、いくつか、ああ、それは知らなかったなぁというものがありました。やはり、文芸とノンフィクションでは、カバー範囲が少々ズレているからでしょう。

そうそう、この第2部の「まぎらわしい魚の名前」に私も登場していました。そういえば、前に、「~のエピソード、ネタとして取り上げていいか」と尋ねられて了承したことがありました。すっかり忘れていましたが(^^;)、それで献本いただいたんでしょうね。

『この英語、訳せない!』、刊行記念のトークイベントや対談があるようです(詳しくは翻訳百景をご覧ください↓)。直近は、この週末8日の名古屋と来週10日の東京新宿。年明けにも複数回が予定されています。越前さんは話もうまいし、聞きに行ったらおもしろいだろうと思います。(私は、ちょっと、仕事がやばくなっていて行けそうにありません(T_T))

『この英語、訳せない!』刊行@翻訳百景

 

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2019年11月 2日 (土)

「『翻訳と〝絵〟』ワークショップ」(翻訳フォーラム・レッスンシリーズ#15)

11月9日、つまり、来週の土曜日に、東京池袋で「翻訳と〝絵〟」をテーマとしたワークショップを行います。

■告知ページ(画像をクリックすると申し込みサイトにジャンプします)

テーマは『翻訳と〝絵〟』。我々が考える翻訳の基礎となる部分であり、これなくして翻訳はありえないし、ここをミスるとそのあとなにをしても無駄になると思う部分です。実際問題、やらかしてしまうときって、ここでミスってるし、ゲラ読みしていて気づいたり編集さんに指摘していただいたりして冷や汗をかくこともなくならないんですが……(そして、関係者のだれも気づかずそのままになっているものも、きっと、あるはずで……)

基礎の基礎であり、かつ、どこまで行っても難しい作業、というところでしょうか。

今回は、中心となって翻訳フォーラムのシンポジウムを推進している4人のうち私をのぞく3人が講師役で登場します(私は、この日、自転車レースに出場するため沖縄に行っているので顔を出せません)。参加できないとはいえ私も準備の様子は見ていまして、いろいろと工夫がこらされていることを知っています。関係者である私が言うのもなんですが、かな~り豪華な内容になってると思いますよ。JTF翻訳祭がらみで思ったことシリーズでも触れた「かえるがぴょーん」の話などもある予定です。

今回は、JTF翻訳祭と日程がかなり近いせいか、申し込み締め切り直前になっても、まだ、若干の席が残っています。最近、翻訳フォーラムのイベントは、シンポジウムもワークショップも売り出し直後に瞬殺となることが多いので、チャンスかもしれません。

申し込みは明日の11月3日、明日の正午まで。迷うくらいに興味のある方は、思い切って受講してみられることをおすすめします。

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2019年11月 1日 (金)

JTF翻訳祭2019のツイートまとめ

JTF翻訳祭2019関連のツイート、まとめができています。

『第29回 JTF翻訳祭2019』関連まとめ

ここしばらく書いた感想の元記事も、こちらにまとまっています。おそらく、今日以降に上がってくる翻訳祭レポートもまとめられることでしょう。なので、ここにリンク集を作らず、ツイートまとめをメモしておくことにします。

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JTF翻訳祭2019のレポートを読んで思ったこと-その3「機械翻訳に関する提言について」

思ったことシリーズ第3弾は、別のブログを読んで思ったことになります。

2019年翻訳祭④ 翻訳祭レポート①(会場到着からセッション1まで)」千里の道を一歩ずつ~ときどきひとやすみ~

こうやっていろいろとレポートしていただくと、参加できなくても多少のことはわかるので助かりますね~。興味関心のポイントは人それぞれですから、その場に行って自分の耳で聞くのが一番ではありますけど。

今回取り上げるのは、発表をされた開発者の方が翻訳者への提言としてあげられた3点です。

  • Light Post-editorを見下してはいけない
  • 質の高い訳を目指して努力することはもちろん重要だけど、プロならば相手の要求に応じて最適な(効率的な)方法で翻訳が行えるようになるべき
  • もっと機械翻訳について学ぶべき

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2019年10月30日 (水)

JTF翻訳祭2019のレポートを読んで思ったこと-その2「MTPEと実力涵養」

JTF翻訳祭2019のレポートを読んで思ったことの第2弾です。前回に引き続き、屋根裏通信のレポートから(余談ながら、ここのイベントレポートはいつもすばらしいできです)。

翻訳祭2019(於:パシフィコ横浜)」@屋根裏通信

今回は、3時間目「NMT+PE=医学翻訳の新たな潮流」(津山逸)から。

>> 人力翻訳能力が高い翻訳者でなければよいPEはできない

これは、まあ、そうでしょうね。翻訳能力が高い翻訳者ほどPEをやりたがらないという問題がありますし、そこに理由があるというか、その理由がMTPEの欠点だったりはするのですが、「MTPEをする」を前提に考えるのであれば、上記のとおりでしょう。ほかのセッションでも、似たような話が出たようですが、まっとうに考えればそういう話になるので、当たり前だと言えます。

>> 100点を求める必要はない。「ちょうどよい」レベルでよい。

これは、MTPE推進派の方々がよく言われることですが、しごく妥当な話だと思います。基本的にコスト削減が目的なわけで、MTPEにおいては、「ちょうどよい」レベルを超える部分は過剰品質だと考えるべきでしょう。

また、レベル40のMT出力をレベル60まで引き上げるなら最低限の手直しですむかもしれないが、その先、レベル60→レベル80とか→レベル90とかは加速度的に修正量が増え、そのどこかで「訳直した方がはやい」となってしまいます。

というわけで、このあたりまでは、推進に賛成している方の意見として妥当ですねという感じなのですが……

>> ただし、常に100点のものができる実力はつけておく必要がある

はぁ?

「MTPEをする」を前提に考えたとき、その力、どうやって身につけるんでしょう。百歩譲って、その力がついてからMTPEをやれということだとしても、その場合、その力をどうやって維持するんでしょう。

何点なら「ちょうどよい」レベルなのかは案件によって異なるんでしょうけど、でもそれは、当然ながら、100点より低いわけですよね? ご本人も、「100点を求める必要はない。『ちょうどよい』レベルでよい」と言われているわけですし。毎日毎日、下手すれば1年365日、朝から晩まで、60点なのか70点なのか80点なのか、ともかく、「ちょうどよい」レベルのアウトプットを続けて、100点の力、維持できるんですか?

寝言は寝てから言ってください。

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2019年10月26日 (土)

JTF翻訳祭2019のレポートを読んで思ったこと-その1「multi-profession(複業)」

JTF翻訳祭2019について、ぽつぽつレポートが上がり始めました。企画された方々と登壇された方々ががっぷり組んで、全体として、とても勉強になるいい会になったようですね~。行けなかったのが残念です。

そのひとつでちょっと気になる部分があったのでこの記事を書いています。

「翻訳祭2019(於:パシフィコ横浜)」@屋根裏通信

まずは、2時間目「機械翻訳時代のサバイバル戦略」(井口富美子・梅田智宏・加藤泰・成田崇宏)において、生き残り戦略として提案されたとレポートされている(↓)です。

>> multi-profession(複業)で生きる

どういう文脈で出てきたのかわからないんですが、「機械翻訳時代のサバイバル戦略」のひとつが「複業で生きる」なはずで、ということは、普通に考えると、「MTが普及して翻訳業界の仕事じゃ食えなくなったら、なにか別のことも始めて複業にしたらいいんじゃね?」という話のように思えます。

んなアホな。

どんな商売でも軌道に乗せてお金を稼ぐのは容易じゃありません。片手間でやってがんがん儲かるなんて話はまずありません。たまたま、なにかについて人並み外れた目利きだとかがあればいいけど、普通の人がまじめにやって稼げる額なんてたかが知れてます。

……と、これだけでもいい気がしないでもないのですが、もう少し詳しく検討してみましょう。

念のため書いておきますが、この点がそんなはずないじゃんという話だったとしても、このセッションの全体がだめということにはなりません。っていうか、このセッション全体は、いろいろと考えさせられるとてもいいものだったと多くの人が評価していますし、そういう人たちが言っていることを読んでも、また、そもそもパネリストの顔ぶれを見るだけでも、よかったんだろうなと思うものだったりします。

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2019年10月25日 (金)

逃げ切り世代

このところMTが業界内で話題になっていますが、その関係でキーワードになっているように思える言葉があります。標題の「逃げ切り世代」です。今年のJTF翻訳祭でも、この言葉が出てきたというツイートを見かけたりしています。

その状況を見ていて思ったことを記しておきたいと思います。

■「逃げ切り世代」など存在しない

いや、まあ、私も、今年はじめ、通訳翻訳ジャーナルに書いた記事で「逃げ切り世代」なる言葉を使っていたりするのですが……でも、改めて考えてみると、「逃げ切り世代」などというものは、基本的に存在しないのだと思いました。

仮に、今後、MTPEなりMTなりがどんどんこの業界を侵食していくとして、どの「世代」だったら逃げ切れるのでしょう。70歳以上? 60歳以上? 50代は? 40代後半くらい以降?

70歳以上とか60歳以上とかだったら、逃げ切れなくなったら引退すればいいと思っている人も少なからずいるでしょう。そういう人は、ある意味、たしかに、逃げ切れますね。でも、なにがしかの理由で、死ぬまで働きたいとか××までは働きたいとか思っていたら、逃げ切れない可能性が出てきます。

だいたい、翻訳は実力の世界なわけで、実力がどのレベルなのかによって、いつごろ、MTPEなりMTなりに「追いつかれる」のか、大きく違ってきます。言い換えれば、年齢と関係ないところで決まるわけです。つまり、「世代」で逃げ切れるなんてことないんです。

実力と年齢と仕事の種類とによって逃げ切れる人もいれば逃げ切れない人もいる。そのような状況で、最終的に逃げ切れた人は、のちに、「自分は逃げ切り世代だった」と言えますが、逃げ切れなければ、「逃げ切り世代だと思ったんだけど……」となるだけのことでしょう。

結局、「逃げ切り世代」など存在せず、「逃げ切れた世代」が後に出てくるだけのことなんじゃないでしょうか。

■逃げ切り世代と思うのは危ない

さらに、自分は逃げ切り世代だと思うのはかえって危ないとも言えます。

なぜか。

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2019年10月23日 (水)

著作権――許諾・引用・盗用……

書かれたモノには著作権があり、他人が勝手に使うことは許されません。ほかの人が書いたモノを使いたければ、許諾を取るか、引用にするかしなければなりません。

■許諾

これはわかりやすいでしょう。著作権を持つ人に「使っていいよ」と言ってもらえば使えるよという話ですから。もちろん、許諾を申請したら、いくら払ってねということになるかもしれません。その場合は、お金を払って使うか、使うのをあきらめるかになりますね。

■引用

許諾を取らないと他人の文章を引けないとなると、いろいろ面倒になります。たとえば、論文などでは、こういう過去の研究を踏まえ、今回はこういう研究をしたといったことを冒頭に書いたりしますが、既往研究の関係者全員から許諾を取るなどとてもできることではありません。だから、一定の条件を満たせば「引用」として自由に使えることになっています。

逆に言えば、その条件を満たさなければ引用にはなりません。「以下引用」と書けばすむといった話ではないのです。

■引用の要件

表現のしかたはいくつかありますが、わかりやすく列挙すると、以下のとおりです。

  • 引用する必然性があること
  • どこからどこまでが引用なのかを明示すること
  • 出典を明記すること
  • 引用部分が従であること

たとえば、「以下引用」などと書き、新聞にこう書いてあったとか、ある英文がこういうふうに翻訳されていたとか続けて、そこに出典を添えても、2番目と3番目の条件しか満たせないわけです。

じゃあ、どうすればいいのか。

質的にも量的にも引用部分が従となるくらい、自分の考えを書けばいいのです。そうすれば、自分の考えを支持する材料やそれに対する反対意見、あるいは、自分がそういうことを考えたきっかけなどとして「引用する必然性」も生まれます。

要するに、それだけの手間暇をかければ「引用」として勝手に使ってもいいよ、そういう手間暇かけず他人のふんどしで相撲を取るのはまかりならんよ、というわけです。

■盗用

許可を得ての利用でもなく引用でもないのは「盗用」です。

無断引用なるわけのわからない言い方をする人がいますが、引用とは、上記のように、一定の条件を満たせば無断で使っていいよという仕組みなので、引用が無断なのは当たり前です。

この引用、著作権と縁が深いはずの翻訳業界関係者でも誤解している人がたくさんいます。前述の「以下引用」と書いて盗用している人とかもそうですね。「以下転載」というのさえ、見たことあります。

■職業人としての倫理

さて、ここまで、許諾・引用・盗用の法律的な話をしてきたわけですが、我々としては、もうひとつ、倫理的なことも考える必要があるのではないでしょうか。

翻訳という我々の仕事を支える根幹のひとつが、この著作権です。翻訳成果物にも著作権があるから、お金を払ってもらえて、プロ翻訳者という職業がなりたつわけです。

だから、我々は、少し神経質なくらいに著作権を尊重すべきだと私は考えています。著作権に守られているから仕事ができている我々が他人の著作権をないがしろにするようなことをしていたら、世の中、だれが著作権など尊重してくれるのでしょう。

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2019年7月18日 (木)

翻訳を勉強する会・番外編 「訳文による絵の描き方」-参加御礼+α

「翻訳を勉強する会・番外編 ― 訳文による絵の描き方」、無事終了しました。参加してくださったみなさん、ありがとうございました&お疲れさまでした。事務局として奔走し、スムーズな進行を実現してくださったお三方、ありがとうございました&お疲れさまでした。

ツイートまとめ
2019/07/14大阪 翻訳を勉強する会・番外編 実況ツイート #翻勉2019


事務局さよさんのブログ
「訳文による絵の描き方」(井口耕二さんセミナー「翻訳を勉強する会・番外編」)

前半2時間は、翻訳フォーラムのシンポジウムで話した内容やブログ記事に書いてきた内容を集大成したような形にしました。関西だと、私の話は初めてという人が少なくないはずですから。なんども聞きに来てくださっている方の顔もありましたが、あちこち、新ネタをできるかぎり混ぜ込んだので、聞くのが2度目、3度目という方にとってもそれなりの話になっていたのではないかと思います(思いたい^^;)。

後半1時間は、翻訳を勉強する会の事務局をされているお三方からいただいた訳文を使い、訳文をブラッシュアップするにはどうすればいいのか、訳文側できちんと絵を描くにはどのあたりを見ていくといいのかなどの話をする、ということになっていました。

このあたり、企画段階の話がさよさんのブログに書かれていたりするのですが( 「翻訳を勉強する会」番外編・裏話など)、これ、実は私にとってもすんごく怖い企画でして。だって、どういう原文が使われるのかも、どういう訳文が出てくるのかも、まったくわからない状態で、「訳文の公開検討会をやります~」と宣言するわけですから。私にとっても初のやり方なので、経験からなんとかなるでしょと思えることもありませんし。

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2019年6月 1日 (土)

翻訳を勉強する会・番外編 ― 訳文による絵の描き方

先日、大阪で勉強会をしている方々が東京出張版をされたとき、そちらの幹事さんからお声をかけていただき、7月14日(日)に、半日、大阪で話をすることになりました。

内容は、上記ページ(画像をクリックすると申し込みページに飛びます)にも書いていますが、今回の翻訳フォーラムシンポジウムで話したことの拡大版という感じになります。

シンポでどういう話をしたのかは、この勉強会の幹事、さよさんが上手にまとめておられるので、そちらを参考にしてください。

翻訳フォーラムシンポジウム2019・レポート1

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