2023年1月 9日 (月)

主語と述語の呼応~そしてテトリス

英日翻訳の校閲などを仕事にされている久松さんのツイートから。彼女は、我々翻訳者にとって参考になることをよく書いてくれています。翻訳関係者にはフォローをお勧めします。

 

上記、基本的にそのとおりです。ただ、1点、私としては違う言い方をするなぁというところがあったので、そこについて書いておきたいと思います。

>> ①主語と述語が呼応している

これは「主語がなるべく揺れない」(=「主語の変化をなるべく減らす」)にすべきだと私は思っています。日本語の場合、主語は述語に従うため表に出ていないケースがよくあります。そのとき「主語と述語は呼応している」ことになります(正確に言えば、述語に呼応するものが暗黙の主語)。

ではあるのですが、「主語と述語がずれている」と一般に言われるのは、実際のところ、暗黙の主語が揺れているケースを指すことが多いと思います。ほかの述語と呼応している主語と無理やり組み合わせて考えてしまうからでしょう。

そのとき、暗黙の主語を「が」格で明示しても、「主語と述語の呼応」は実現できます。でも、それが主語と述語がずれていたときより読みやすく、誤解なく伝わるのかと言えばノーです。多少はマシかもしれませんが、せいぜい、その程度です。

根本的には、「そういう主語が揺れないように、揺れが少なくなるように述語を調整する」作業が必要になります。これをすると、「が」格で明示しなければならない主語もがさっと消えたりします。私が「テトリス」と呼んでいるやつです。

ちなみに、テトリスで消す対象は主語以外のことも少なくありません。「は」などで提示するテーマというか視点というかをうまく設定し、それが揺れないように書いていけば、主語にかぎらずいろいろなものがごそっと消えたりするわけです。

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2022年10月 2日 (日)

ビジネス vs. 職人仕事

ビジネス vs. 職人仕事

ずいぶん前に書いたのに、投稿を忘れていたようですm(._.)m

■寿司職人が何年も修行するのは、本当にバカな行為なのか

なる記事をみかけました。だいぶ前に書かれたものなのですが。

我々の仕事も同じだよなと思いました。っていうか、昔から、私は、「我々は職人ですから」とよく言ってきています。職人って、どんな仕事でも同じなのではないかと。

ギリギリ客に出せるレベルなら、それなりの手間暇で到達できます(全員とは言わない)。そこまで効率的に到達する方法もそれなりにあるでしょう。でも、そこからもう一歩、二歩、三歩先のレベルまで行きたければ、かなり長い時間をかけてさまざまな努力をしなければなりません。

寿司職人と違う点は、製品を作るときにも同じことが言えるってことと(寿司職人の場合、少なくとも客前での仕事としては、上手な人のほうが時間がかかるってことはない、はず)、そこでどういうやり方をしているかでさらに伸びたり、逆に手が荒れて力が落ちたりするってことでしょうか。

ギリギリ客に出せる質でよければやり方はいろいろあります。いわゆる「効率的に仕事をする」という方法も含めて。でも、そこからもう一歩、二歩、三歩、先に行こうとすればとたんに非効率になってしまいます。「ビジネス」として考えるなら効率を最優先に追求するのもアリでしょうし、たぶん、短期的にはそのほうが儲かるでしょう。

でも、そういうやり方で、一生、仕事をしていくことができるのでしょうか? 職人は、自分の腕一本で生きていかなければならない世界なのに。モチベーションなど自分側の問題もあるはずだし、仕事環境の変化など外部の問題もあるはずなのに。ついでに言えば、もう一歩、二歩、三歩、先に行けば、単価を上げたり仕事を選んだりできるようになるはずだし(少なくとも私はそういう例を掃いて捨てるほど見てきた)、そうなっている人は業界内で「あの人はいいよね」と言われることが多いのに。

基本的に、翻訳会社はビジネスの世界、我々現場は職人の世界。

翻訳業界を見る際には、そういう視点も加味する必要があると思います。

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2022年9月18日 (日)

『「編集手帳」の文章術』

これはよかった。一読をお勧めします。

文章術というと、どういう材料をどう料理するかが中心のことが多く、「そのあたり、翻訳ではさわれないんだよなぁ」と思ってしまいます。この本もそういう部分がけっこうありますが、文の書き方や単語の選び方などに割いている紙面も多く、翻訳の仕事にもかなり役立ちそうです。

以下、役立ちそうだと感じた部分で私が思ったことです。詳しくは、本のほうを読んでみてくださいませ。

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2022年8月23日 (火)

好きな言葉

  • 為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり
  • 足るを知る
  • 人間万事塞翁が馬

この三つが並んでいるのは支離滅裂に感じると言われることがあるのでちょっと説明しておきます。

人間、努力すればそれなりのことはできるようになるものです。できないことがあるのはできるようになろうとしなかったから。できないという現状が気に入らないなら、できるように努力すればいいだけのことです。

ただし人間の一生は時間が限られています。何から何までできるようになれるほどの時間はありません。だから、「足るを知る」ことも大事です。こっちができるようになったのだから、あっちができなくてもいい、いや、こっちができれば満足だからあっちはやらないって考えるわけです。そうしないと、がんばりすぎて体なり心なりをこわすのがオチでしょう。

また、「為せば成る」といっても、その道のりは長かったり紆余曲折があったり、いろいろです。瞬間瞬間に一喜一憂せず、「人間万事塞翁が馬」と長い目で自分を見ることも必要です。

「足るを知」って現状に満足しつつ、「人間万事塞翁が馬」とゆったり構えながら「為せば成る」と次の目標に向けて一歩ずつ歩いていく……そんな人生がおくれたら幸せかなぁと思っているわけです。

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2021年5月21日 (金)

『ふだん使いの言語学:「ことばの基礎力」を鍛えるヒント』

翻訳フォーラムシンポジウム2021の直前、帽子屋さんがこの本をブログで紹介したのでKindle版を買ってみました。ぱらぱらっと読んで……青くなりましたね。だって、これ読んだら、シンポジウムで私の話、聞く必要ないんですもん。そう言いたくなるくらい、かぶりまくりなんです。そんなふうですから、シンポでは、私も紹介する予定にしていました。時間切れでそこまで到達できませんでしたが。

ともかく。

翻訳者なら買いましょう。つべこべ言わずに、すぐ、買いましょう。全力でお勧めします。アマゾンの書評はいまいちですが、我々にはすごく有益な本です。

書かれているのは、文の部分同士がどういう関係になっているのかを解きほぐしていく手法。目の前にある文について検討したら、似て非なる文についても考えてみて、複数のケースを比較し、同じようになるのか違うのか、違っているならなにがどう違っているのかと考えを進めていくと、いろいろとわかることがあるわけです。今回のシンポジウムで私が語ったのがまさしくそういう話だったし、勉強会「日本語構文マラソン」でやっていたのも、要するにそういう話です。

検討する手法はたくさんあります。私がシンポで紹介したのはごく一部。本書には、もっといろいろ紹介されています。くり返し使って身につければ、「訳文をいじわるに読む」力が格段に上がること、請け合いです。

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2021年5月20日 (木)

翻訳フォーラム・シンポジウム2021~力のつけ方・のばし方~-参加御礼+α

翻訳フォーラム・シンポジウム2021~力のつけ方・のばし方~、300人超とたくさんの方にお越しいただきました。ありがとうございました。初めてのオンライン開催ということで、いろいろと不慣れな中、開催のお手伝いをしてくださったスタッフのみなさんも、ありがとうございました。

今回はオンラインだったので、人数の制約がない、遠方からでも参加しやすい(時差で大変だったようですが、海外から参加してくださった方も何人かおられました)などのメリットがある半面、スタッフ間の業務連絡も耳打ちですまず文章に書いて送らなければならないとか、参加者側の見え方が確認しにくいとか(スタッフ権限でアクセスしていると見え方が違ったりする)、思わぬところで手間がかかったりしましたが、大過なく終えることができたのではないかと思っています。

ツイッターに流れる感想を見ると、参加してよかったと多くの方に思っていただけたようです。主催者のひとりとして、ほっとしております。

たぶん、ツイートのまとめをどなたかが(^^;)作ってくださると思うので、それができたら、リンクなど、加筆しますね。

------2021/05/21加筆

ツイートのまとめ、mikoさんが作ってくれました。長大です(^^;) 最後のほうには、シンポについて書かれたブログ記事へのリンクも入っています。

翻訳フォーラム・シンポジウム2021 関連ツイートまとめ #fhon2021

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この記事では、私が担当した部分を簡単に紹介しておきます。

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2021年5月 6日 (木)

翻訳フォーラム・シンポジウム2021~力のつけ方・のばし方~

昨年はコロナで開催をあきらめた翻訳フォーラムのシンポジウム、今年はオンラインで行います。今月16日の日曜日、朝10時から夕方5時まで、です。お題は「~力のつけ方・のばし方~」。ちなみに有料です。申し込みは(↓)から。概要もそちらに書いてあります。申込期限は5月13日です。

オンライン開催にはメリットとデメリットがありますね~。

メリットは、海外を含め遠くの人が参加しやすいこと。また、人数を制限する必要があまりないこと(すでに、例年ならとっくに満員御礼で締め切ってるはずの人数に達しています)。デメリットは、やはり、参加者間に距離ができてしまうこと。しゃべる側としては、会場にいろいろ尋ねて回答をもらいながらってやり方ができないところが気になります。

そんなわけで、開催する側もいろいろと初めての経験になりますが、鋭意、準備を進めています。

丸一日、頭が痛くなるくらいまで翻訳のことを考えてみましょう。参加をお待ちしております。

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2021年2月17日 (水)

『三行で撃つ』

「<善く、生きる>ための文章塾」と副題がついていることからもわかるように、文章の書き方の本です。対象読者として想定されているのは、一番にはプロのライターだけれど、ふつうに文章を書く人全般も視野に入っている、という感じです。

話はおもしろい。文章を書く人はこういうことも考えたりするんだなぁと勉強にもなります。

でも、翻訳に役立つかと言われると、微妙な気がします。

なにをどう切り取ってどう表現するのか。そこにかなりの比重が置かれているからです。たしかに、プロのライターをめざすならそこは大事。一番大事と言ってもいいかもしれません。でも、我々翻訳者の場合、そこは、原著者がすでにやってしまっている部分で、我々が手を出してはならないとも言える部分だったりします。

ライターさんは内容で勝負、我々は表現のみで勝負、ですからね。

こういうことを考えて原稿を書いてるんだと知れば訳文も変わる、という意味においては読んで損のない話ですし、だから、今回の記事も、一応は「お勧めする」側に入れているわけですが。

表現についても書かれています。書かれていますが、これまた、みずから書く人向けであり、我々は取り扱い注意かなと思うところもあったりします。

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2020年12月19日 (土)

「訳者あとがき」について

ふとしたことから「訳者あとがき」について人と話をする機会があり、そういえば、この話、あちこちでしてきているのにブログに書いていなかったなと気づいたので書いておきます。

ページ数やスケジュールの問題で訳者あとがきなしとなることも少なくないのですが、書いてほしいと編集さんに頼まれ、かつ、書く余裕があれば、書くようにしています。

書くときの方針は、「読者のために」です。

あとがきの場合、読者のためにといってもいろいろとありえます。私は、「この訳書を読もうという気になって、書棚からレジまで持って行ってもらえるように」ということのみを考えて書いています。

書籍が続くようになった2冊目で、最初に書いた訳者あとがきが、本文を読んでいないとわけがわからないもので(逆に、本文を読んでから読むならあれはいいあとがきだといまでも思うんですが)、編集さんから書き直しを求められました。「目次を見て、本文をぱらぱらとめくり、あとがきを読んで、買うかやめるかを決める読者がそれなりにいる。そういう人も念頭に置いてほしい」と言われて。

目から鱗でした。私にとってあとがきは、必ず「あと」に読むものでしたから。

以来、本文を読んでいない人に「これはおもしろそうだ」と思ってもらうことを目標に訳者あとがきを書くようにしています(自分がおもしろいと思っている本を読んでもらうのは、読者のためになることだと思うので)。

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2020年10月 1日 (木)

『Coders(コーダーズ) 凄腕ソフトウェア開発者が新しい世界をビルドする』

コードとかプログラムとか言われるものと無縁の生活をしている人はほとんどいないでしょう。職場でコンピューターを使う人や自宅にコンピューターを持っていて使っている人も多いですし、スマホでLineやFacebookを使っている人はもっと多いでしょう。いまだにガラケーという人も、ショートメッセージなどは使っているはずです。ゲーム機でゲームを楽しむのも、そのゲーム機に対応したコードがあるからできることです。

便利なアプリやおもしろいゲームにはまり、気づいたらびっくりするほどの時間を取られていた、なんてこともよくあります。ある意味、我々の生活は、いま、コードに支配されていると言ってもいいでしょう。

本書は、そのコード、コンピューターのソフトウェアを作る人々(コーダー)に焦点を当てたものです。

■Coders(コーダーズ)

話は、いまのようなデジタル式コンピューターが登場したころに始まり、どういう人がなぜコーダーになり、どうコーダーの世界を作ってきたのか、基本的に時系列で紹介されていきます。

当初、女性が中心だったのはなぜなのか。それがなぜ、どのような経緯で男性中心になったのか。ソフトウェアは規制と相性が悪いように見えるが、どういう経緯でそうなったのか。どういう人がコーダーに向くのか。実際、どういう人がコーダーになっているのか。ソフトウェア業界は能力主義で、実力だけが物を言う世界だと言われているが、それは本当なのか。などなど。

当然、たくさんのコーダーが登場します。こう言うとなんですが、わりと普通っぽい人から、一癖どころか二癖も三癖もあるような人まで。

そういう仕事をしている人や、そういう人が身近にいる人が読めば、ああ~、こういう人いるいる、こういうことあるあると思ってしまうこと、まちがいありません。

私自身、学生時代はプログラミングのバイトをしていて(某上場企業のシステム開発に携わったり)、ソフトウェア会社に就職するのだと学科の友だちに思われていましたし、いまも、翻訳に使うツール(それなり規模のソフトウェアです)を作って公開しているくらいなので、自分にも当てはまる話もいろいろと出てきて、楽しく仕事をすることができました。

ちなみに、翻訳者っていうのも、コーダーにわりと近い人種な気がします(^^;)

また、帯にも書かれていますが、いま、ヨノナカに広く提供されるサービスはコードという形を取ることが増えています。これをどういう人が作っているのか、そのせいでどういうサービスになりがちであるのか、そのあたりを知らなければビジネスが成り立たないとか、そのあたりを知っているか否かでビジネスの成否が分かれるといったことも少なくないでしょう。

■帯

 

コンピュータープログラムなんてわからなくても本書は読めます。プログラムそのものはほとんど出てきませんし、たまに出てくるときは、ちゃんと説明がついています。

現代を生きる基礎教養として、読んでおいて損のない1冊だと思います。

今回、訳者あとがきは書いていないので、裏話的なことだけ、少し。

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«トークイベント「英日翻訳に役立つ日本語学習のヒント」